ベン・トー―サバの味噌煮290円

tomozo_ynu2010-04-17

 夜、スーパーで売れ残ったお弁当や見ると、こんなシールが貼ってあることがある。
「レジにて半額」
 残ってしまえばゴミとなる惣菜たちを、少しでもお金に変えようという店舗側の努力。それこそが半額シールである。そして、半額シールは同時に、お腹を減らせた貧乏学生を救う。二者の利を一致させるのが、この半額シールなのである。
 本作、「ベン・トー」はこの半額シールと、そしてそれを貼られた半額弁当を巡る、熱き少年少女たちの格闘アクションストーリーである。
 物語の概要を簡潔に説明すると上記のようになるが……しかし、未読の方には何を言っているのかさっぱりだと思う。「弁当と格闘?関係ないじゃん!韻踏んでりゃ何でもいいわけじゃねえぞ!」こんなことを思われていることだろう。
 そこで思い浮かべてほしいのが、バーゲンで我先にと安売り商品を奪い合うおばちゃんたちの姿である。あのおばちゃんたちを、若々しい高校生に置き換え、戦闘シーンをかっこよくし、奪い合うものを半額弁当に置き換えてみて欲しい。
 ……はい、本作「ベン・トー」の出来上がりだ。つまるところ、この小説は半額弁当を真剣に奪い合う高校生たちの物語である。
 主人公、佐藤洋はこの春から一人暮らしを始めた高校1年生。彼は貧乏故に何とかお金の消費を抑えようと、夜のスーパーで半額弁当を狙うのだが、そこで待っていたのは弁当を巡る激しい戦場だった!そんなあらすじである。
 お分かりのように、この物語は無茶苦茶設定である。そのため基本的に半額弁当を手に入れるためだったら、大体のことは許される。殴ってよし、蹴ってよし、カートで引いてよし。激しい暴力で吹き飛ぶ人多数だし、気絶する奴も多い。そのうち半額弁当で死者が出そうな勢いだ。しかし、どうしてそういうことになっているのかとか、警察は来ないのかとか、他のお客さんはどうしているのか、などという説明は一切なされない。すべては半額弁当の為、というノリと勢いだけで出来ている。まあ、近年の娯楽小説はだいたいそんなものだが。なので、もしこの本を読もうと思うのであれば、まず現実という色眼鏡を外すのがいいだろう。
 一方、意外にも本作は、シリアス部分を結構真面目に描いている。このような無理な設定を押し通して書いているせいもあってか、最初の方のシリアスなシーンはほとんどギャグである。いやむしろシリアスなほどギャグである。「たかだか200円程度の割引になぜこんなに必死なんだ、お前ら」。読者はおそらくそう笑い飛ばすであろう。 
 だが、読み進めていくと、なぜかある時その感情がひっくり返る。唐突にキャラクタたちのことを「あ、かっこいい」と思える瞬間を迎えてしまうのだ。馬鹿にした感情はいつしか薄れ、キャラクタたちの真剣さ、勇猛さに心を打たれる。意味なく高いプライドに感銘を受ける。すごくくだらないことをしているはずなのにかっこいい。それこそが本作の醍醐味である。
 なぜそんな風に思うのか。これは、半額弁当を得るために戦う主人公の心理変化が、非常に丁寧に描かれているためだろう。主人公はそこそこ常識人である(登場キャラ全体の相対論的に)。そんな彼が、半額弁当を奪うためにさまざまな障害を乗り越えたり、なぜ半額弁当に真剣になるのかを迷ったりする。そして徐々に半額弁当を得る意味と楽しみを見つけていくのだ。その過程の描き方が自然だからこそ、弁当を奪い合う戦いがすごくかっこいいことのように共感できるのだと思う。
 惜しむらくは作中ちょこちょこ挟まれる、父親ネタ、同級生の男子のネタ、回想ネタがことごとく面白くないことだ。もっとも、それはこの書評を書いている俺の笑いのツボがずれているせいかもしれないが。
 ともかくも非常にくだらなく、それでいて熱い作品である。シリアスとしては滅茶苦茶不利な設定であるにも関わらず、個人的にはその辺のジャンプ漫画よりずっと熱い展開を見せていると思う。
 一回読むとはまるかもしれない。
(text by 蓬莱ニート